65歳イタリア遊学記 第4回 ローマ留学(その3)

イタリア語の学習を開始したのは2003年の3月だから、早いものでもう足掛け6年になる。語学は何といっても地道な繰り返しがものをいうので、この6年間、曲りなりにもコンスタントに学習を継続してきたのは無駄にはなっていない。


現在も、東京の語学学校に通っているが、毎週イタリア人の先生と話すのが大きな楽しみである。苦手のリスニングも、ラジオのイタリア語ニュースがおぼろげながら聞き取れるようになってきたのはうれしい限り。ちなみに、小生はイタリアのRAI国営放送をYUSENのネットワークでBGM代わりに聴いているが、これは音声のイタリア語に接する上でまことに便利である。
さて今回は、自分がなぜイタリア語を学ぶ気になったのかを振り返ってみたい。第1回にも書いたが、最初からイタリアに強い関心があったわけではない。現役時代は編集者として一貫して英語と取り組んできたから、今度は別の外国語を学んでみたいという気持ちはあった。
それはフランス語でもよかったし、スペイン語でもドイツ語でもよかったのだが、折からの「イタリアブーム」にも影響されて、イタリア語に決めた。我が家では娘が大学の仏文科出身であり、妻は長年独学でスペイン語をやっているので、二人の「テリトリー」を荒らしたくないという配慮(?)もあったのである。
長年語学と付き合ってきたので、学習のポイントはわかっていた。とにかく、短時間でもいいから毎日コンスタントに勉強すること。これにはNHKのラジオ講座が最適だった。朝の9時台の放送を毎日聞くなどということは現役時代には考えられなかったが、退職してそれが可能になったのである。
初年度の講座は3か月目あたりから急に難しくなり、ついていくのが大変だったが、2年、3年と繰り返すうちに、目からうろこが落ちるように、わかるようになってきた。語学学習のメリットの1つは、投入した時間に比例して、必ずそれなりの成果が表れることである。
一方、同時期に通い始めた語学学校でも、最初は文法学習がメインだったが、これはけっこうタフだった。講師がネイティブであるというのが語学学校の「売り」なのだが、当然のことながらイタリア人講師は日本語に堪能とは限らない。ネイティブの発音に慣れるという大きなメリットはあっても、文法を理解するうえでは、本当は日本人講師のほうがいいのである。
日本語と対比することによって、文法構造の違いやイタリア語の発想法が見えてくるのだが、それを「単なるネイティブイタリアン」に期待しても無理である。それを補うためには、やはり参考書が必要だった。幸い「イタリアブーム」とやらに乗って、イタリア語の参考書は陸続と刊行されていた。キャッチフレーズに引かれてついつい何冊も購入することになったが、ほとんどが入門用か初級者用で、中身はどれも大して変わらないことがわかった。
それにしても、本国でしか通用しないイタリア語の参考書が書店にあふれている光景は日本だけのものだろう。語学学校も、生徒の大半は20代の女性のようだ。イタリア旅行に対する人気もあって、「現地でイタリア人と会話ができたらカッコイイ」というのが彼女らの主な学習動機なのだろう。しかし、長続きせず、2,3か月でやめていく人が大半のようだ。
小生も、もしクラスメートが次々と変わるような状態だったら、あるいはここまで続けてこられなかったかもしれない。その意味で、忙しい仕事を持ちながら粘り強く夜の7時半からのクラスに出席を続けている二人の中年女性との出会いは、ちょっと大げさだが、運命的だった。なにしろ、5年以上も毎週のように顔を合わせているのだから、完全な「戦友」である。
それはともかく、この5年間に講師も5人交代し、それぞれ個性的でおもしろい。共通しているのはイタリア人ならではの明るさとサービス精神である。教え方の巧拙はともかく、ネイティブのイタリア人に毎週接しているうちに、ますますイタリアとイタリア語が好きになってきたのは事実である。
イタリア旅行の機会も増えたが、だんだんお仕着せのツアーでは物足りなくなってきた。2006年秋には思い切って10日間の「シチリア島一人旅」を敢行した。飛行機と宿の手配は旅行社にお願いしたが、基本的には単独行動で、パレルモとシラクーサを拠点にして、トラーパニ、エリーチェ、ノート、ラグーサといった町を歴訪した。この一人旅でだんだん自分のイタリア語に自信が持てるようになり、それが昨年のローマ留学に発展したのである。
こうして考えてみると、海外留学はある程度の基礎力がついてからのほうがいいようだ。全く白紙の状態で留学しても、まず授業について行けないだろう。特にアジア人のように言語系統が全く異なる場合はそうである。フランス人やスペイン人なら容易に類推できることでも、日本人や韓国人には理解できないのである。
ローマの学校では、いろいろな国の人たちから、なぜイタリア語を勉強しているのかと聞かれた。特別な目的があって勉強しているわけではないから、ありきたりだが、「イタリアが好きだから」とか、「イタリアの料理と文化に関心があるから」などと答えることにしていたが、イタリアの町を歩き回っているうちに、ますますこの国がおもしろくなってきた。
もともと美術や料理は大好きである。のめりこみやすい性格も手伝って、しだいにイタリアのあらゆる分野に関心が広がってきた。教会に行けば、歴史の厚みとカトリックのすごさに圧倒され、次々と他の教会にも行きたくなるし、美術館で生の名画に接すると、その画家の他の作品も見たくなる。言うまでもなく、イタリアは2000年の歴史を誇る美の宝庫であるから、いくら時間があっても足りない。もっと早く、せめて10年前に目覚めていたらと、今では少し後悔している。
「食」についても同様で、料理書を次々に買い込んではイタリア料理に挑戦している。音楽も全10巻の「オペラ全集」を購入した。とにかく、今ではすっかりイタリアとイタリア語が生活の中心になっている。
イタリアの歴史と文化、ひいてはヨーロッパの歴史と文化をもっともっと知りたいのである。そのためには、読むべき本が山ほどあるが、悲しいことに体力の衰えもあって、なかなか思うように行かないのが現実。まさに、「日暮れて道遠し」である。
書棚には古書店で大枚1万8千円をはたいて手に入れたダンテの『神曲』の原書(革装の豪華本)が鎮座しているが、いつになったら読めるだろうか?せめて、冥土に行くまでには何分の一でも読めたらと思っているのだが…。
結局、ローマ留学は小生の関心分野をさらに広げてくれた。趣味の俳句やジャズとは別に、「イタリア」は第二の人生の大きな目標になったのである。
                              大 井 光 隆

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1 Comment on 65歳イタリア遊学記 第4回 ローマ留学(その3)

  1. takekawa // 2008/6/14 at 22:26 // 返信

    今回の記事中では、イタリア語の学習について大きく頷いた箇所がいくつかありました。
    曰く、
    —語学学習のメリットの1つは、投入した時間に比例して、必ずそれなりの成果が表れることである。
    —とにかく、短時間でもいいから毎日コンスタントに勉強すること。
    —文法を理解するうえでは、本当は日本人講師のほうがいいのである。
    等など。
    とにかく辞めないで続けること、ですよね。
    これがなかなか難しいけれど、
    記事を拝読して私も少しづつでもがんばらなきゃと言う気になりました。
    しかし『新曲』の原書を読むとはすごい目標ですね…。

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