6. アグリツーリズモが与えてくれるもの

●アグリツーリズモ滞在のハードル
初めてイタリアのアグリツーリズモに泊まったときのことを思い出します。
98年の10月のことでした。
当時私は、モンテプルチアーノにイタリア語のブラッシュアップのために滞在していました。
そこのインフォメーションで200ページに及ぶアグリツーリズモのパンフレットをもらい、
各ページに2軒づつ紹介されている中のどこかに行ってみようと思ったのです。

選択も、予約も大変でした。
とにかくシエナ県だけで4百軒近い数があるのです。
今のようにメールで問い合わせることもできず、仕方なく私は、
アクセスの楽そうなところを何軒かリストアップし、片っ端から電話をかけました。
けれどもほとんどのところで、休業中とか、週末だけでは受けられないと断れてしまったのです。
最終的に受け入れてくれたのはダメモトでダイヤルした、
オープンは3月から9月、宿泊は1週間から、と記載されていた、
シエナから車で20

分ほどの農園でした。

今では通年オープンで、しかも短期の滞在でも受け入れてくれるところが増えたので、
このような苦労はなくなりました。
インターネットで情報も得られますし、問い合わせもメールで済みます。
アクセスに車が必要な点も、レンタカーや専用車を利用すれば大丈夫だし、
言葉は片言英語でなんとかなる、
一番大変なのは多すぎるアグリツーリズモの中から、
どうやって1軒を選ぶのか、ということかもしれません。

けれども私は、依然として私たちとアグリツーリズモの間には、
ある種のハードルが存在すると思っています。
実はそれは、外的な条件ではありません。
アグリツーリズモ滞在に関して当社にリクエストいただいたケースでは、
たいていスムーズに話が進み、いつも気持ちよくお手伝いさせていただいているのですが、
まれにプランを提案し、お話を進めていくうちに、どこか違和感を感じることがあります。
第一話で御紹介した、「農家民宿で農業体験をしたい…」と言う方の場合もそうでした。
結局プランはまとまらなかったのですが、どうやらそれは、
その方の抱いていたアグリツーリズモのイメージ、農園や農家のイメージ、
あるいは田舎や田園(農村)、さらにはバカンスという休暇のイメージまで、
すべてが実際と微妙にずれているからだと気付きました。
このようなイメージのずれが、私たちの内面にあるハードルだと思うのです。


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●目的は滞在、そして"時間"を過ごすこと
つまりイタリアの農園を、日本の農村にある、バス停から歩いて行ける、
近所にはコンビニがある農家のようにイメージしている方には、
なかなかゆったりとした滞在プランや、専用車の必要性をわかっていただけないのです。
農家滞在というと、日本の観光農園での○○○狩りといったような
"体験"ばかりを求めてしまう場合も同様です。
そこでの過ごし方の選択肢として、近隣の小都市を訪ねたり、散歩したり、
読書したり、プールで泳いだり、ワイナリーに出かけてみたり、
お料理を作ったり、ぼーっと時間を過ごしたり…、があるのです。
つまりアグリツーリズモに滞在する目的は、観光に便利な宿に泊まる、ではなく、
あくまでそのアグリツーリズモで"過ごす"ことなのです。

もちろん、イタリアや欧米の人たちがアグリツーリズモでのバカンスに求めるものと、
私たちが観光旅行という休暇に求めるものの違いはあります。
でも貴重なお休みだから、せっかくのイタリアなのだから、日本となにもかも違う、
今までは知らなかった、思っていたイメージと違うアグリツーリズモを、
その土地の人たちと、訪れた他の国のバカンス客と一緒に、ぜひ"体験"していただきたいものです。

私が98年に滞在した南トスカーナでは、サン・ジミニャーノとシエナ、
ピエンツァという三つの街がユネスコの世界遺産に指定されていますが、
2004年にオルチャ渓谷が加わりました。
まさに夥しい数のアグリツーリズモが軒を連ねるトスカーナの丘陵地帯です。
この数は、一帯のアグリツーリズモを訪れる人たちが、
人間と自然の作り出す美しい景観の中に身を置く喜びを、
ユネスコに指摘されるまでもなく知っていたということの現われでしょう。
このような喜びは、イタリアでアグリツーリズモを擁する各地で味わうことができます。
そのために、アグリツーリズモに興味を持たれた方には、
日本の農村も民宿も○○○狩りも忘れて、
できるだけゆったりとしたプランをたてて欲しいと思います。
そうすればアグリツーリズモは必ず、"アグリツーリズモに滞在する"ことを楽しむ人に、
幸福な"時間"を与えてくれることでしょう。

一年にわたって書き続けてきた『アグリツーリズモ読本』も最後となってしまいました。
読んでくださった方、ありがとうございます。
少しでもアグリツーリズモの魅力をお伝えできたなら、こんな嬉しいことはありません。
でも書きながら思うのです。行ってもらえばな、と…。
そう、ぜひいつか、アグリツーリズモにお出かけくださいね!

ではそのときのために…
Buon Viaggio e Buone Vacanze! 素敵な旅と、素晴らしいバカンスでありますように!
そして、アグリツーリズモで幸福な"時間"を過ごされますように!


【参考記事】

・イタリア田園のバカンス-アグリツーリズモ ①

・イタリア田園のバカンス-アグリツーリズモ ②

・イタリア田園のバカンス-アグリツーリズモ ③

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